大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)454号 判決

理由

破産会社が昭和二九年五月三一日破産宣告を受け、同日控訴人がその破産管財人に選任せられたことは当事者間に争がない。

控訴人は、一審被告熊田は本件家屋の所有権を取得したことがなく、かりにそうでないとしても被控訴人は同人から本件家屋の所有権を取得したことがないから、本件家屋についてなされた一審被告熊田の所有権保存登記および被控訴人の所有権移転登記はいずれも原因を欠く無効のものであると主張する。しかしながら、かりに控訴人主張のとおりであるとしても、それによつて控訴人の請求する本件家屋の価格に相当する償還請求権は生じないのであるから、その主張自体失当であるといわなければならない。しかのみにならず、《証拠》によれば、破産会社は昭和二八年二月一二日頃一審被告熊田に対する債務の内金一二〇万円の支払に代えて本件家屋の所有権を同人に移転し、また同人は同年三月上旬頃被控訴人に対する債務の内金一三〇万円の弁済に代えて、本件家屋の所有権を被控訴人に移転、同年七月四日、控訴人主張のように一審被告熊田については保存登記、被控訴人については所有権取得登記がなされていることを認めることができる(もつとも右登記の点は当事者間に争がない。)。《証拠排斥省略》なお一審被告熊田が被控訴人に対し本件家屋の所有権移転登記をした後右家屋に関し金員を支出した事実があるとしても、差戻前の当審における一審被告熊田本人尋問の結果によれば、右は一審被告熊田が被控訴人に本件家屋の所有権を移転する際右当事者間に成立した約定にもとづくものであることが認められるから、このことは前記認定の妨げとならないものである。したがつて本件家屋について存する一審被告熊田および被控訴人の前記各登記が原因を欠く無効のものということができないのは勿論であつて、被控訴人の登記原因が登記簿上、昭和二八年七月四日付売買と記載されていても、このような登記簿上の記載と事実の不一致は右登記を無効にするものではないのは勿論、右登記当時は破産宣告前であるから、第一審被告熊田及び被控訴人の前記所有権取得を以て、破産財団、従つて控訴人に対抗できないものとする余地もない。

つぎに控訴人は、破産会社の一審被告熊田に対する代物弁済は破産債権者を害することを知つてなされたものであるから破産法七二条一号によりこれを否認し、さらに被控訴人は同熊田から本件家屋の所有権を取得する際、熊田に対する右否認の原因を知つていたから、同法八三条一項一号により被控訴人に対しても否認権を行使すると主張する。しかしながら当裁判所は原審と同様、一審被告熊田に対する代物弁済当時破産会社は破産債権者を害することを知つていたけれども一審被告熊田はこれを知らなかつたものと認定する。その理由は、これを認定する証拠として《証拠》を附加する外原判決の理由(原判決四枚目裏三行目から五枚目裏八行目まで)と同一であるからこれを引用する。そうすると一審被告熊田の代物弁済による所有権取得につき否認原因が存在しないことになるから控訴人の右主張は採用することができない。

さらに控訴人は破産法七四条により、一審被告熊田の所有権保存登記および被控訴人への所有権移転登記を否認すると主張するのでこの点について判断する。

破産法七四条の規定によつて否認することのできる「第三者に対抗するに必要な行為」は、破産者の行為、またはこれと同視すべきものに限られると解するのが相当である(最高裁、昭和四〇・三・九参照)。したがつて、本件において、控訴人が転得者である被控訴人に対する関係で否認することのできる対抗要件充足行為は一審被告熊田の所有権保存登記であり、しかも右登記につき破産会社が協力、加功し、破産会社の行為と同視すべきものと認められる場合に限られるのであつて、被控訴人の所有権取得登記自体は直接否認の対象にはならないものといわなければならない。けだし、破産の場合、否認の対象となるのは破産者の行為であることは破産法七二条等の規定から明らかであるし、債権者取消権の制度からも推知できるところであつて、否認の制度が、一般に破産者の行為を否認することによつて、可能な限り逸出した財産を破産財団に復帰せしめることで満足する以上、とくに破産法七四条の規定による否認につき異別に解すべき理由はないからである。とくに本件の如く破産者から受益者、転得者へ各所有権移転がなされ、それぞれにつき対抗要件が充足された場合に、転得者の対抗要件充足行為につき破産法八三条の規定とは無関係に、直接同法七四条の規定が適用され、たとえ受益者につき否認原因がなくても、転得者につきこれを具備する以上、否認の対象となることを認めるのは、同法七二条の否認の対象となる行為よりも詐害性の弱い対抗要件充足行為につき、より強力な否認権を認め、転得者の利益ないしは取引の安全を犠牲にする点において、行き過ぎであるといわなければならない。しかのみならず、転得者の所有権取得の対抗要件充足行為が形式上同法七四条に該当するの故をもつて、右対抗要件充足行為のみを否認してみたところで、受益者に否認原因がなく、その所有権取得の対抗要件が有効に存在する場合には移転物件を破産財団に復帰せしめることはできず、否認の目的が達成されないことになる。したがつて受益者転得者の各対抗要件充足行為が、それぞれ独自に同法七四条によつて否認の対象となるとの見解はとうてい採用できないところである(もつとも本件の最高裁判所の差戻判決はこの見解を前提とするかのように解されないでもないが、この点は当裁判所を拘束しないことは右判例の趣旨に照らして疑がないとともに、この見解はその後の前記最高裁判所の判例によつて変更されたものと考えられるので、右変更後の判例に従い同法七四条の否認の対象となる対抗要件充足行為は破産者の行為またはこれと同視すべき行為に限られるとの見解の下に、本件の審理判断をする。)。そうであれば、控訴人は被控訴人の所有権取得登記を否認することはできず、控訴人の請求はすでにこの点において失当であるが、かりに控訴人の訴旨を被控訴人に対する関係においても、一審被告熊田のなした保存登記を否認し、破産財団のため本件家屋の価格償還を求める趣旨を含むものと解するとしても、以下のとおり理由がない。

一審被告熊田は破産会社からの本件家屋取得につき同家屋が未登記であつたため、前記の如く直接自己名義の保存登記をなすことにより対抗要件を具備せしめているのであるが、《証拠》によると、破産会社は第一審被告熊田に本件家屋を譲渡するにあたり、その対抗要件を具備せしめるため、本件家屋の建築に関する申請ならびに確認書、家屋の所有権確認書、第一審被告熊田への譲渡ならびに明渡証書、同被告への権利譲渡の裏書のある、本件家屋に関する火災保険契約証(乙第二号証の一、二)を同被告に交付し、同被告は右書面に基いて同被告所有の家屋として、家屋台帳への登録ならびに前記保存登記をしたものであることが認められるから、該保存登記につき破産会社の協力、加功があつたことは明らかであつて、破産会社の登記行為と同視すべき関係にあるものといわなければならない。そして破産会社から一審被告熊田への所有権移転の日が昭和二八年二月一二日頃であり、右保存登記のなされたのは同年七月四日であること前認定のとおりであるから、右登記は権利移転の日から一五日以上を経過していることは明かであり、《証拠》によれば、破産会社は同年六月一三日手形交換所から取引停止の処分を受け、その頃整理を発表して支払を停止したことが認められるから、右登記は支払停止後になされたものであることも明らかである。さらに《証拠》によると、破産会社は昭和二八年六月三〇日頃、当時の債権者に対し会社経営の収拾不能に至つた状態を報告し、債務の処理法等を協議するため、同年七月四日任意の債権者集会を催す旨の通知を発したこと、当時一審被告熊田は破産会社から、同社に対する金一五三万八、〇五六円の債権者として取扱われており、右通知は同月一日か二日頃一審被告熊田方に到達し、おそくとも三日夜には同人はこれを閲読したことを認めることができる。そして右認定の事実とさきに認定の支払停止の事実を総合すれば、前記七月四日の登記当時一審被告熊田は破産会社の支払停止を知つていたものであり、悪意の相手方であるといわなければならない。

しかしながら転得者たる被控訴人に対する関係において、破産会社の行為と同視すべき前記一審被告熊田の保存登記を否認するためには、被控訴人が本件家屋の転得当時、前者たる同被告に対する否認原因を知つていたことを要すること同法八三条の規定に照し明らかなところ、右悪意の点については、控訴人より何ら主張がないし、またこれを認めるに足る証拠もない。むしろ被控訴人が一審被告熊田より本件家屋の所有権を転得した日が昭和二八年三月上旬であることおよび破産会社の支払停止の日が同年六月一三日であること前認定のとおりであるから、被控訴人は右転得当時一審被告熊田に対する否認原因は知りうる由もなかつたものとしなければならない。

そうすると控訴人は、被控訴人に対する関係において、一審被告熊田の所有権保存登記を否認することもできないのはいうまでもない。したがつて、控訴人の請求はいずれの点よりするも失当であるから、これを棄却すべく、右と結論を同じくする原判決は結局正当であつて、本件控訴は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例